ボランティアと音楽活動

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尾てい骨骨折もだいぶマシになった小池です(#^^#)

FBでボランティア関係の記事をシェアすると沢山の方から反応が有りました。

みんな気になってるんだなぁ~という事で個人的な思いを少し書いてみますと。

まず、ボランティア云々の話なので政治的な思想その他は一切排除して書いています。

何故かそういうたぐいの話とリンクしてしまうあるいはさせたがる?方もおられるのでそれはご勘弁。

純粋にって音楽活動をするうえでのボランティアに限っての話です。

そもそもボランティアの定義に関しては沢山のサイトが書かれていますね。

皆色々迷ってるのかなぁ~?なんてのは置いておいて。

個人的に思うのは幾多の震災以後、ぽぽぽぽ~んのサウンドと共に人々の気持ちに刷り込まれた

「ボランティアで」

と言う言葉が嫌いです。

正確に言えばボランティアと言う言葉で予算を浮かそうとかそう言う魂胆が見え見えの発言をする人々が嫌いです。

色々居られますね。

どこかの会社の役員さん。町内会の役員さん、お金はないけど志と理想だけは他の人の何倍も持っている人。

先ず言いますが

ボランティアはする側の気持ちの持ち方であり依頼する側が出す言葉ではない

と言う事。

もし企画の段階で

「ボランティアでやりましょう。」

なんて声が出たのであればその業務を自分がやる場合に置き換えて考えてみると良いかもですね。

そこで

「ちょっと~」

なんて気持ちになるのならちゃんと予算を組んでその筋の方に依頼するのが正しいあり方かと思います。

自分もやるのが嫌な事を何で人にさせるのかが理解できなくて。

それも無報酬で。

なんて事ばかり書いてるとよっぽど性格悪いやつで儲けにしか興味が無い人なのかな?なんて思われるかと思いますが半分当たってるし半分はずれていますね(^^♪

音楽活動を共にしている人からは、

「あなたの笑顔に隠された鬼のような根性の悪さを暴露してやりたい」

とよく言われます。 ← 自分で言いました(#^^#)

と言う前置きでこの記事のタイトル通り、ボランティアと音楽活動で話を進めてみます。

自分の処にもよく来てました。

いついつライブお願いしたいのてすがぁ~

で、話が進むと

実は予算の関係でボランティアでお願いしたいのですが~

とか。

予算の関係とか知らんやん。

それお宅らの問題やんか。

予算が無いなら止めときゃ良いねん。

なので私はボランティアって話が出た時点ですみません。しています。

お陰でギター伴奏のお仕事とボランティアの仕事は一切来なくなりました

良いことですねぇ~(^_-)

ただ自分がお世話になってる方や普段はボランティアなんて言葉を出さない方が云われた場合はそのお仕事請けますよ。

二つ返事で。

だってちゃんと筋は通したいし何かの事情がある筈だから。

こんな感じで必死で演奏スキルを磨いたり歌いまくって練習した成果である音楽技能、そう技能ですよ。を

「ただで提供して欲しいなぁ~」

なんて依頼側が堂々と言えるようになったのには二つの要因が有るかと思います。

一つは自粛の美徳。

震災が起こる度に

今は音楽なんか奏でている時じゃない。(自粛の空気)

でも音楽やってる俺たちにもこういう時こそ出来ることもあるはず!! そうだ音楽で震災に合われた方を勇気づけよう。

もちろん震災に合われた方々がお金を持っているわけじゃないからボランティアでの演奏がデフォ。

って流れかと。

確かに此処までは良いですよ。

でもね、震災終わった後も都合よくボランティアでの演奏を当たり前みたいに思わないでほしいんですよね。

それってボランティアに名を借りたブラック依頼ですから。

だってその音楽を演奏するための楽器習得や歌の練習にかかる時間やお金はただではないですよね。

音楽を生業にしていない人ならともかく音楽で収入を得ている人に対してボランティアでって依頼の仕方は失礼です。

日頃、自分がやっている仕事をいきなりボランディアで。って言われたらそんな話おかしいやん?ってなりますね。

それと同じですよ。

ただ、音楽を生業にしていない方々からすれば音楽位、無料でやってよ。なんて思うのも仕方ない部分ではあるかもしれません。

実際、youtube等、無料で良質の音楽は聴けるわけですから。

それと音楽やってる側が自主的にボランティアで活動してその収益金を災害支援等に回すのであれば良いですよ。

動機とお金の流れが

ミュージシャン支援を必要とされている方々にそのまま

ですから。

これが

どこぞのオッサン ➡ ミュージシャン ➡ どこぞのオッサン ➡ 少しだけ支援者 

って構図になってる事が多いのでムカつくわけです。

これはボランティアじゃなくてオッサンの晩酌代稼いでるようなもので。

そして第二の理由はやっぱり

音楽する人

聴く人

聴かない人(音楽無くても大丈夫な人)

音楽を表現する場所(良い場所)

音楽を表現する場所(あれれな場所)

のバランスが昔と変わってきているからかと思います。

上記の各要素の比率って場所も擬人化すると合計100%で言えば、昔は、

【4%】音楽する人

【50%】聴く人

【30%】聴かない人(音楽無くても大丈夫な人)

【8%】音楽を表現する場所(良い場所)

【8%】音楽を表現する場所(あれれな場所)

位な比率だったかと思いますが今はもっと個人の楽しみが多様化してるのと自称音楽する人が超増加したりしてまして、

【15%】音楽する人 ↑

【30%】聴く人 ↓

【45%】聴かない人(音楽無くても大丈夫な人)↑

【3%】音楽を表現する場所(良い場所)  ↓

【7%】音楽を表現する場所(あれれな場所) ↑

※あくまでも自分の感覚での数値なので根拠はない部分はすみません。

な感じになっているかと思います。

音楽を表現する場所はライブハウス等ですね。

良い場所とはミュージシャンを共に育てていこう!!って感じのお店ですね。

私が日頃お世話になっているお店は皆さんそういうお店ばかりですよ(^_-)

あれれな場所 と言うのは経営が苦しいのはわかりますし儲けないといけないのはわかりますがミュージシャンをあくまでも集金するための一つの媒体位にしか思われてないのかな?なんて感じのお店ですね。言葉は悪いですが。すみません。

こういう背景の中で音楽を奏でる喜びを知った若しくは人の前に立ちたい目立ちたい方々にとってはライブと言うのは物凄く魅力的なハレの場になるわけです。

でもそういう場所は見つからないし聴いてくれる人も居ないし・・・・・

じゃーライブハウスで良いんじゃない?なんて選択で。ドンドンそういう場所に流れ込むのかと。

今でもチケット制のライブハウスに何かの縁で行くことありますが出てくるバンド、バンド、バンド・・・・が全て学園祭ノリで。

途中退場したくなる事が多いですもんね。

まぁ店側からすればそういう音楽やって人前に出たい集団ってとっても美味しいんでしょうけど。

そして自然とそういう方々相手の仕事のスタイルになってくるのかなと思います。

さらにそういうライブハウスにも無縁の方々の一部はボランティアという名の腕試し?演奏なんかをやっちゃうんですよね。

老人ホームの慰問とか。

そうすると施設の方々には演奏は無料ってのがデフォになったりして。

ん~難しいですけどね。

あ、ここで注意点としては駆け出しで音楽を人前でやるな!!なんて話ではないですよ。

表現は自由ですから。どんな形であれ好きな様にすれば良いですしね (^^♪

言ってるのは安易な選択が音楽を生業としている若しくはこれからする事を目標にしている全体のデフレを進めちゃうんじゃない?って事です。

色々書いていますが結局、演奏する側の

無料でも良いから腕試しをしたい目立ちたいという意識 

依頼者側の

社会の役に立っているボランティアという言葉を使えば無報酬でやってもらえるという甘えの意識

が元凶かと思います。

個人的には安易にボランティアを連発する人には自宅の風呂掃除と洗濯を1か月やってみなさい。なんて言いたくなりますけどね(^-^;

 

と一杯好き勝手書いてますがこれだけ音楽に対する需要が減り(実際には他の娯楽等と食い合ってる)音楽の価値が下がってしまった今となってはこれからますます多かれ少なかれ、

ボランティアで

って言葉が依頼者から出てくる事も多くなるんでしょうね。

じゃー どうするか?って話ですが。

個人的な結論から言いますと、

時代はそういう流れなんだから仕方ないんだと思います(笑)

だからそういう流れに乗った形で収益モデルと考えていかないと。

例えば個人的に思うのは、

  • ライブ自体はボランティアで人集めを行い会場では物販で稼ぐ
  • ボランティアライブは一切やらずにコアなファンに向けたコアなライブとメディア制作で稼ぐ(囲い込み)
  • 何かのイベントとコラボしてそのイベント側からの収益の一部を回してもらう。
  • ボランティアでは出来ない音楽を作る側のエンジニアになる(実際にはダンピングが酷いですけどね)
  • 基本ボランティアでは出来ない、音楽を教える側になる。(先生若しくは教室経営等。でも先生はおすすめしません。)
  • 音楽での生業は諦めてあくまでもサブにする(私ですけど(^-^;)

こんな感じですが要は純粋に音楽だけを発信して食っていくってのは今の時代、大変だって事です。

みんなの意識が完全に彼方に向いてしまって音楽奏でる人達の事なんてなんとも思われてないですから。

そして一番それを感じる必要があるのは当の音楽やってる人かもしれません。

実際には音楽だけで食べられている凄い方も沢山知ってますしそれが理想なんだと思いますが。

だからこそ一音一音を大事に奏でるミュージシャンでいたいですけどね(^_-)-☆

まだまだ書きたいですがこの辺で。


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でわでわ。

 


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4件のコメント

  1. 山東京伝 より:

    「ボランティアを依頼する」などという矛盾した事を言う奴は小学校からやり直せと言いたいです。
    知っているのなら「タダでやってくれ」という図々しさを、相手に転嫁するような姑息な言辞です。福祉関係の連中はこういうのが少なくなくて、自分は上前をはねている、言ってみればピンハネ屋稼業まがいのが大手を振ってます。(あくまでも個人的な見解)

    ただ、空気と水と無形の文化はタダだという風潮がありますからね。ここはなんとかしないと衰退します。

  2. 小池 より:

    > 山東京伝さん
    難しい処ですね。
    “ボランティア 音楽” で検索すると沢山ヒットしますしボランティアする側、依頼する側の気持ちのありようは様々ですし。
    ただ、ボランティア前提での話の進め方に関しては私も?って気持ちを持っています。
    「こういう形でイベントしたいけど予算の関係で演奏料払えませんがそれでも良いですか?」の訊き方なら納得しますが。
    ボランティアと言う言葉を都合よく使ってほしくないなぁ~という思いがあります。
    更にその運営に透明性があれば尚良いんですが(^^♪

  3. mayuko.ca より:

     「ボランティアで」と依頼するのは変です。電力会社に「予算が無いのでボランティアで電気供給して下さい。」と言うのと同じ事です。はっきり「お前らの音楽なんかに金は出せない。只で発表の場を与えてやってるんだからありがたく思え。」と言えばいいのにと思います。
     一方で寄付を募るプロもいますからねえ。フラー・キョールに行って箔を付けたいのなら、言ってみれば先行投資なのですから金銭で還元しないのならば、自分で稼げと言いたくなります。
     どっちもどっちという感じがしますね。

  4. 小池 より:

    > mayuko.ca さん
    言葉の使い方は微妙で言われると痛い部分を隠すために使うってのもよくありますね。
    私は性格が正直?なので場所を提供する側も受ける側もボランティアって言葉は使わずに、
    「無料で演奏して頂ける方募集」※依頼側
    「演奏させてくれる場所有りませんか?」※演奏側
    で良いと思います。
    わざわざボランティアって言葉を使わずに。

    またフラー・キョールへ参加するための渡愛資金の募金に関しては個人的には勝手にされたらいいのかなぁ~なんて思います。
    応援したい方はそれで気持ちが落ち着くのなら応援すれば良いし。
    ただ、自分がされる側なら自力で何とかしようとはしますが。。。。
    自分の楽しみ?の為にはあまり公にお願いしたくないかなぁ~
    子供の心臓手術等でお金がかかるから云々とは全く事案も違うと思いますので。

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